千原こはぎ『ちるとしふと』刊行記念トークショー@ジュンク堂滋賀草津店 レポ 後編

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このレポートは2018年5月13日に滋賀県草津市のジュンク堂滋賀草津店にて行われたトークショーの一部始終を記したものだ.本当は2つ,いや書き始めたときは1つの記事で終わらせるつもりだったのだが,どうしてか前中後編の3部作になってしまった.この記事を『ちるとしふと』,そして現代短歌をより一層楽しむ足がかりにしていただけると幸いである.

前編はこちら.「さくらこからこはぎへ7つの質問」について語られた.
中編はこちら.「こはぎとさくらこが好きな恋の歌」について.

後編は,嶋田さくらこさんの歌集『やさしいぴあの』,そしてメインの千原こはぎさんの歌集『ちるとしふと』に収められた歌について語られていく.

「最後にこれはふたつ,嶋田さくらこさんの『やさしいぴあの』から選びました」

こはぎさんの好きな恋の歌,最後の2首はさくらこさんの短歌だ.

『やさしいぴあの』は新鋭短歌シリーズ第1期まで遡る.私,九条しょーこは実は,さくらこさんの歌集を気にいって作歌を本格的に始めたのだ.この際だから思い出話をさせていただきたい.本当にただの思い出話で本編とまったく関係がないので興味がないひとは次へ.

クリックで思い出話を開く

それは遡ること2年半前,私が初めて大阪の葉ね文庫を訪れたときのことだった.

短歌にハマったきっかけは穂村弘さんが合唱コンクールの歌詞を書いていたことだった.しかしそのころは「短歌が好き」というよりむしろ「穂村弘が好き」が私を表すには正しい状況で,安福望さんの描いた本『食器と食パンとペン』のかわいさにつられて手に取るまでは他の人の短歌はほとんど読んだことがなかったのだ.『食器と食パンとペン』で安福さんを知った私は,安福さんが装丁を手がける別の歌集に出会った.そう,新鋭短歌シリーズ,岡野大嗣さんの『サイレンと犀』である.

いやーかわいいですね.一瞬にして買いました.これがジャケ買いか…… そうして私は「穂村弘が好き」から「穂村弘と岡野大嗣が好き」になった.『食器と食パンとペン』は実はほとんど短歌の方は見ておらず絵ばかり見て「かわいいなー」と浸っていた.作者に依らず短歌自体も楽しめるようになったのはもっと後だからだ.

そうしてあるとき知人に「大阪に短歌の本ばかり置いてある本屋さんがある.新鋭短歌シリーズがずらりと並んでいて壮観だった」などと言われ,ひとりで葉ね文庫を訪れた.店主の池上さんは新聞社から取材をされていて後で見たら私も写真に写っていた.新鋭短歌シリーズは本当に全部並んでいて,それだけでコレクター気質の自分はうれしくてしょうがなくて,適当にぱらぱらと手にとって読んだ.そう,それが,『やさしいぴあの』もといさくらこさんとの出会いだ.

ハンドルネームが「淡雪」ちゃんという女の子がtwitterのFFにいて,この歌を引いた.さくらこさんからRTされて,「えっ作者にRTされたよ!!」とうれしくなって,そのままいろいろ読んで,その時は1回生でバイトもあまりしておらず,お金がなくて泣く泣く置いて帰った.だけど,

池上さんからこんな風に言われて,ありがたくサインをいただく運びとなり,

3週間越しに,間接的にではあるがさくらこさんにサインをいただいて(あ,考えてみればこれが歌人にもらった初めてのサインかもしれない),『やさしいぴあの』はそんな意味でも特別になった.後にこんなことも言っている.

さくらこさんが編集長をしている短歌なzine『うたつかい』をきっかけに,twitter歌人たちの存在も知って,すぐに千原こはぎさんも発見した.そりゃあ9800首作っているんだもの.twitterで短歌をしている人にこはぎさんを知らない人はいるまい.そうしてこはぎさんが開いている歌会「鳥歌会」にも出入りするようになり,念願だったさくらこさんとの対面も果たし,今に至る.

「紫が香る楽しい町ですよ信じてくれたらもっと楽しい」は特にお気に入りの短歌だ.『やさしいぴあの』の中身についてはまた後ほど記す.さて本題に戻ろう.

●こはぎとさくらこが好きな恋の歌 つづき

【千原こはぎ選】
大なりでも小なりでもいいイコールは奇跡みたいで怖くなるから(嶋田さくらこ『やさしいぴあの』)

こはぎ:あんまり引かれてる(=引用されてる)歌じゃないと思うんですけど、記号を入れた短歌は珍しいかなと。『やさしいぴあの』って結構、叶わない想いというか…… 「イコールじゃない想い」みたいなものがあふれてる歌集だとおもって。どちらかというと受け身、「気持ちがほしいけどもらえない」なかで、これが一番それを表してると思って。大なりでも小なりでもいい、自分がどちらにいるかはわからないんですが、相手より気持ちが大きくても小さくてもいい。実はそれは普通は嫌なんですよ。バランスが取れていて、イコールが本当は一番いいはずなんですよ
さくらこ:ですよね
こはぎ:それが「奇跡みたい」って言っちゃうんですよ。どんだけ愛されてへんの?
観客:(笑)
さくらこ:ほんまや……
こはぎ:実際、イコールって確かになかなか無いかもしれないんですけど、でもほぼイコールなひとがまあ多いんじゃないかなと思うんです。それを奇跡って言っちゃうんやっていう
さくらこ:めっちゃ可哀想じゃないですかわたし……
こはぎ:めっちゃ可哀想です。しかもそれが「怖い」とまで言うんですよ。「奇跡だやったー!」じゃなくて「奇跡で怖いからそうじゃなくていい」と言い切ってしまうところが、すごくこの歌集を表しているなと思って
さくらこ:いやー…… ちょっと、いい歌じゃないですか
観客:(笑)
こはぎ:いい歌です
さくらこ:びっくりしました。そんな深層心理を……
こはぎ:記号って入ることでトリッキーになりがちだったり、見た目で避けられたり、短歌として読んでもらえなかったりとか。でもこの歌に関しては記号がちょうどいい感じで入っているので

「あんまり引かれていない」と言われているが,実は私が自分の所属する神戸大学短歌会の機関誌に載せた一首評で引いた.理系出身で小論文エッセイ面接など文章を書くあらゆる場面から逃げ出しながら19歳までを過ごしてきたひとの文章なのでかなり読みにくいと思うが全文を引用しておく.クリックで展開する.

嶋田さくらこ一首評 九条しょーこ(『神大短歌vol.3(2016年9月発行)』より)
日溜まりに置いてみようか やわらかくなるまで待てば解ける数式 (嶋田さくらこ「やさしいぴあの」) この歌集と出会ったのは短歌ファンにはもうおなじみの書店、大阪中崎町・葉ね文庫。書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズがずらっと番号順に並んでいるなか、適当にとってぱらぱら眺めていた一冊だった。 「数式アレルギー」ということばがある。(数学を題材にした小説『数学ガール』を執筆したプログラマ、技術ライターの結城浩氏がtwitterでこのことばを軽々しく使うことを(けっこうきつく)批判して一時期話題にあがったが、ここでは割愛する。とても面白かったのでぜひ検索して読んでほしい。)数学が苦手な人の中には数字が並んでいるのを見るだけでトリハダやジンマシンが出る人がいて、そういう人たちが「自分は数式アレルギーだ」というそうだ。数式はそういう言語だから読めるものも読めないものもあるのは当たり前なのだが、数式アレルギーの人はかたっぱしから読めないと思い込んでいる。 大なりでも小なりでもいいイコールは奇跡みたいで怖くなるから さくらこさんは数式アレルギーではないのだろう。読めないものと読めるものの区別がついていて、むずかしそうだなあ、今は読めないなあ、と数式を眺めて、そんでもって日溜まりに置いてみる。あっためたら、やわらかくなってきたら、自分の手で揉んで、こねて、わかりやすい形にして、解く。ぜひ全国の数式アレルギーの方に見習っていただきたいイメージだ。 数学・数式に対してカタイ=難しいと世間的には思われているらしいが、さくらこさんはこの「カタイ数式」に対してなんだかのんびり構えているというか、まあ解けなくっても眺めてるだけでいっか、みたいなおだやかさがあっていい。 私は理系だけれど、この歌を読んで初めて「数式に手触りがある」ことに気が付いた。カタイ、やわらかい、ごつごつしている、つるんとしている……。数式を眺めていてではなく、文学である短歌に、数学について気付かされることがあるなんて、と衝撃を受けて、この一首が決め手となり、自分の本棚に未来永劫収めておくことを決めた。 この『やさしいぴあの』はほかの章にも好きな歌がありすぎて挙げきれないので、ぜひ皆さんにも買って読んでいただきたい。なんかちょっといい比喩たちと、やさしい世界にひたれること間違いなしだ。 むずかしいことはなんにもわからないただ君をたいせつにする日々 

いや文章へったくそやな.まあ2年前やしええわ.それはともかく,とにかくこの「比喩」が嶋田さくらこの味だと思う.思わぬところから手を差し伸べられて,その手を握るとあったかい.そんなところが「なんかちょっといい」.

【千原こはぎ選】
もう少しそばにいたくて世界からいちばん遠い嘘を信じた(嶋田さくらこ『やさしいぴあの』)

こはぎ:これもおんなじ感じで、「世界」って言っちゃってる。「世界」ってそんなに大きなくくり、彼が嘘をついているってことはもう既にわかっているけれども、その嘘を暴いてしまうとそばにいられなくなるので、「世界からいちばん」って言っちゃうぐらい「遠い嘘」を無理やり信じ込む。なんでやねん! っていうさみしい歌ですね
さくらこ:なんかめっちゃ可哀想じゃないですか、嶋田さくらこさん……
こはぎ:可哀想です。『やさしいぴあの』は結構悲しくなっちゃう、切なくなっちゃう…… でも私、切ない恋歌,大っっ好物なんで。切なさナンバーワンみたいな感じですね。自分自身の世界なのか、周りの世界なのかわからないですけど、「いちばん遠い」ってわかってる嘘を信じる。この切なさ、素晴らしいです
さくらこ:ありがとうございます。いっやー…… 可哀想……

せ,切ない…… せっかくなので私からもほかに何首か引いてみたいと思う.

夕焼けが届かないほど曇天のわたしにいっそ雨をください

ギアチェンジする前に言ってもう好きじゃないとか終わりにしようとか、とか

もう好きじゃない人でしたキスしたらわかった悲しい真実でした

●さくらこが選ぶ『ちるとしふと』十首選

「私たち恋の歌が大好きで.『ちるとしふと』はほぼ恋の歌なんです.千原こはぎさんは”恋”と言わずに詠むのがうまいんですよね.いい要素をぽんと持ってきて,誰もがすっと読める短歌を詠むのがうまい,というのを私は常々思っています」

最後のコーナーはさくらこさんによる『ちるとしふと』収録歌の紹介だ.

真夜中の自販機だけはやさしくてお釣りも少し多めにくれる

さくらこ:自販機を擬人化して、「お釣りをくれる」って言い方がかわいいなと思って。「少し多めにくれる」って、「いやいやそれ前の人が残していったやつやろ」というツッコミも入れたい。でもそれを「やさしい」というのがかわいい
こはぎ:今言われるまで、「前の人が残していった」っていう考えが一切なくて……
さくらこ:えっまじですか! 前の人忘れていかはったに決まってるやん!!!
こはぎ:そうやんねー!
観客:(笑)
さくらこ:大目にくれるわけないでしょ!!
こはぎ:いやーなんか、「ほんまやー」と思って
さくらこ:もしかして自販機が間違えて多めに落としたって思ってました?
こはぎ:疲れてるときってわけわからないじゃないですか。仕事帰り、真夜中、自販機が…… 「あっくれた!」みたいな
さくらこ:そう思ってた?
こはぎ:はい
さくらこ:あーじゃあ…… じゃあ、まあ、いいですわ
観客:(笑)
さくらこ:じゃあ次の歌、

こなざとう舞う朝は来て追熟のりんごの頬で駅まで歩く

さくらこ:これ、意識なかったかもしれないですけど、北原白秋の歌って意識ありましたか?
こはぎ:全然なかったです
さくらこ:ほんまですか。「君かへす朝の敷石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ」
こはぎ:全然その歌知らないです……
さくらこ:本当に知らないんですね! それを彷彿とさせる歌だなと思って。でもこれはあえて下敷きじゃなくてもいい歌だなと。こはぎさんのことだからたぶんこの歌知らないんじゃないかという気持ちもあって、聞いてみようと思ってたんです。粉雪の朝に、赤く追熟したりんごの色のほっぺたで、駅まで自分が歩く。一首だけでも、雪の朝に女の子の赤いほっぺたの感じがきれいだし、情景が好きなんですけど、連作として読むとさらにその気持ちが乗って来て読みごたえがあるなと思って選びました。おんなじ連作「触れないドア」からもう一首、

永遠を誓いあわないこいびとが鼻歌まじりに踏むクローバー

さくらこ:これはひどいやつですね。ひどいんですけど、最後「クローバー」で〆ると、幸福の象徴の植物で、ア音で終わるのも明るい感じがする。意味をちゃんと追うと内容はひどいんですけど、なんとなく悲観できない
こはぎ:鼻歌も明るいイメージですよね
さくらこ:でも「鼻歌交じりに踏む」ってひどいじゃないですか。私もなんか可哀想な感じでしたけど、こはぎさんも「永遠を誓い合わない」とかひどいのありますよね
こはぎ:1章と2章に分かれていて、特に前半の連作は結構ひどいんですよ。後半からちょっと幸せになっていく

ふたりの話は「恋歌」の作り手の作品観に移っていく.

さくらこ:恋の歌ってね、恋の歌って言っちゃったらひとくくりになるんですけど、短歌を作る人によっての恋愛観みたいなものが根底にあるのが面白くって
こはぎ:どんな人が作っても、どんな感じで作っても根底には自分の経験とか意識とかありますよね
さくらこ:恋の歌ばかり作ってるとよくない、どれも一緒やって言われたことがあったんですけど、やっぱりひとつひとついろんなスタンスの人がいろんな気持ちを滲ませながら作ったのを読むのも私は好きです
こはぎ:受け取り手の経験や感覚もすごく左右してくるなと感じてて。作品の感想をいただくことが多いんですけど、「恋愛を実はしたことがないので恋の気持ちがわからない」という学生だと、「いつかこんな恋をしてみたい」という感想とか、「いちど読んだけど、恋をしたことがなかったのでそんなに作品が入ってこなかった。だけど恋をして結婚してもう一度読んだらまったく景色が変わりました」というのも。私は同じ歌しか出してないんだけど、受け取り手によってぜんぜん感じ方、響き方がちがうのも、恋の歌の面白いところだなとすごく感じています

中編の冒頭「明日もまた同じ数だけパンを買おう僕は老いずに君を愛そう(千種創一)」に触れたときにも言及したが,短歌は読み手によって解釈が異なることが多い.むしろぴったりと一通りに定まって読者に伝わる短歌はほとんどないだろう.というのも,それは短歌の決まりである「三十一文字」に依るところが大きい.これだけの字数のなかで,伝えられる情報はごくわずかだ.その1首の中のことば同士が化学反応を起こして,読み手にさまざまなイメージを想起させることで見える風景が変わってくる.俳句(5・7・5)も制約があるが,俳句は逆に短すぎてことばの数が少ない分,ことば同士が干渉し合う回数が少なくビシッと定まった読みが生まれるのだと思う.

それに加えて恋歌は,二人が語ったように読み手の「経験」や「実感」が与える影響が大きい.短歌を面白いなと判断する要因のうちのひとつに「共感」がある人は少なくないだろうが,恋愛の歌はまさに共感性の塊のようなものだ.だからこそ,「どれも一緒」と思われてしまうのかもしれない.しかし「どれも一緒」が間違っているということは『やさしいぴあの』や『ちるとしふと』を読めばすぐに気付くことだ.

青色のインクをたっぷり含ませて綴れば届きますか、さみしさ

さくらこ:これは恋の歌とかいうジャンルを外して、すごくいい歌だなと思って。青色のインクって普段はあんまり使わないじゃないですか。私お手紙書くときとかネイビーブルーのインクが好きで使ったりするんですけど、その時点で特別な感じがする。短歌の中でガツッと「さみしさ」って入れちゃうとよくない歌に見えちゃうことが多い、という定説があるんですけど、この歌は「さみしさ」がすごく効いてていいなと思いました。こはぎさん万年筆使うんですよね?
こはぎ:はい、私ブルーブラックの色が好きで、最近ブルーブラックばっかり使ってるんですけど、これを詠んだときは万年筆じゃなくて、もっと青色のイメージでした。もともと私、漫画描いてたんですよ。漫画家志望で。そのとき付けペンを使ってたので、インク瓶とか馴染みがあるんですよ。そのときの力加減でしっかりインクが乗るときもあったり、薄くなったり。ペン先って結構しっかりインクを保有するようになっていて、筆圧が高いと涙みたいに文字がふくらむっていうのかな。明朝体って下がふくらむじゃないですか。それってもともとインク溜まりなんです
さくらこ:はあー、そうやったんやねー!
こはぎ:こういうところに自分の経験が出てきますよね

『これはただの』では,少し結句が違うが「ほこりの気持ち」という連作に登場する1首だ.

ふたりならしあわせになれないことの証明ばかり生み出すメール

青色のインクをたっぷり含ませて綴れば伝わるさみしさですか(千原こはぎ『これはただの』)

デジタルな「メール」と、アナログな「インク」のこの2首が並ぶ相乗効果でより一層切なさが募る.『ちるとしふと』では少し離れたところだが類歌がある.

藍色のインクでぽつりぽつり書く雨にも似ているきみへの手紙

三句切れで読むと「藍色のインクでぽつりぽつり書く/雨にも似ているきみへの手紙」だ.すべての修飾が「手紙」へかかる.こうすると「綴れば届きますか、さみしさ」と同じニュアンスのような,文字のインク溜まりが雨粒のようにも見える手紙が思い浮かぶ.

「雨」に上の句「藍色のインクでぽつりぽつり書く」がかかっていると考えると,「藍色のインクで書かれた雨」と「きみへの手紙」が似ている,とも読める.私はこちらの方が好きで,主体が藍色のインクをもってして雨粒や雨模様のイラストを描くときの曲線へのやわらかな筆遣いで手紙を書いている,とつながって,ペン先に一気にフォーカスされる美しさがあるからだ.

わお.これいちごつみで作ったのか…… いちごつみとは,「1語摘み」のことで,しりとりに似た即詠遊びだ.相手の歌から単語を1語とってきて,つぎの1首を詠む.さすが即詠の達人,こはぎさんだ.

ファンデーション重ねるようにあなたには見せないものが日々増えてゆく

さくらこ:こういう歌ですよ。これは上から読んでいってすぐ意味がわかる短歌じゃないですか。こういうのがこはぎさんうまいなって思うんです。まずファンデーションって、顔を綺麗に仕上げようと思うと薄く何枚も乗せるのがメイクの技術じゃないですか。そんな風に薄く、ベールをかけるように重ねてだんだんと見せないものが増えていく、というイメージ。しかも、日々。経過を感じさせながらさみしくなっていく
こはぎ:その日だけじゃなくてね
さくらこ:そうそうそう。でもね、毎日落とすじゃないですか、ファンデーション…… まあ、いいですわ
観客:(笑)
さくらこ:リセットされるかなと思って。でも見えないんですよね。小さいシミみたいなものを見せないんですね

ファンデーションの効果はファンデーションを使ったことがある人にしかわかるまい.そういう意味で読み手の経験にある程度頼った短歌ではないだろうか.なおさくらこさんの指摘した「毎日落とす」という側面については,「重ねるように」の比喩で独立しているから違和感はないと思う.

また今日もサンドイッチの具を落とすきみの油断を愛してしまう

さくらこ:こはぎさんはこの歌集の前に、『これはただの』っていうちっちゃい短歌のフルカラーの本を出されているんです。この本に連作の原型が載っているんです。それでこの彼氏は「また今日も」サンドイッチの具を落とさはるんですよ。「また」ってことはね、前も落としてはるんですよ。で、この彼氏はこの1首だけ読むとどんくさく見えるんですけど、実は他はどんくさくないんですよその連作のなかでは
こはぎ:そうやっけ
さくらこ:あれ、自信なくなってきた
こはぎ:ひとつの連作であんまり落としまくるのもなんか…… どんだけまぬけやねん
観客:(笑)
さくらこ:そっか、そういう作戦やったんか。あのね、サンドイッチだけ上手に食べられへん男の人っていうね。その人、人物像的に、サンドイッチの具だけ落として、ふだんはパリッとしてどんくさくないと思うんです。そういう人の「油断」なんですよね、サンドイッチに対する油断。そういうフェチですよね…… ギャップ萌えというか。スーツなんか着てビシッとしてエリート営業マンぽいすらっとした人が、彼女とデートした時に、サンドイッチが上手に食べられないんですよ

『これはただの』のあとがきで,さくらこさんはこう語っている.

ショートムービーを観た後のような読後感がある。どれも身近なシーンでありながらドラマチックだ。彼女の恋人は不器用で、
愛しい存在として描かれる。完璧な人に恋するんじゃない、という女性心理をのぞかせる作品に、共感を寄せる読者が多い。 

『ちるとしふと』でこの歌の前にある1首もすごい.

ひとつきりのカフェラテを分け合っている膝がふれあうふたりになって

カフェラテを回し飲みながら語り合うふたりの口元が,手元が下の句で膝まで視点移動する.この描き方がさくらこさんのいう「ショートムービー」っぽさなのだろう.「ふたりの膝をふれあいながら」ではない.「膝のふれあっていなかったふたり」から,「膝がふれあうふたり」になるという感覚の持っていきかたが巧みだ.

トークショーに来られていたファンのかたが,このサンドイッチの歌について言及されているのを発見した.小説書きのかただそうだ.短歌はまだまだ「主体」と「作者」の結びつきが強すぎて,「女性である千原こはぎが詠んでいるから主体も女性だろう」という先入観を持ってしまうことはよくある.

距離を置く作戦実行中ですが月がきれいで話がしたい

さくらこ:これ「うたらば」で採られてたやつですよね?
こはぎ:そうですね、表紙フォト短歌で
さくらこ:結構人気ありましたよね
こはぎ:はい、でも締め切り前に慌てて詠んだやつで、何がいいのか自分ではよくわからなくて、採用してくれた田中ましろさんに直接聞いてみたことがあったんです。要は、「距離を置く作戦」を勝手に自分で実行してるわけです。実行してるのに、ふと見たお月様がきれいで、「あ、話がしたい」と。そこがいじらしいじゃないか、主体がいじらしすぎるじゃないか、作戦ひとりで勝手にやってるのに、ひとりで話がしたくなって、「話がしたい」って言っちゃう。そんないじらしさを全面に出したストレートな歌だって
さくらこ:私は夏目漱石の「I love you」を元にしてるのかなと思ったんです
こはぎ:このときは「I love you をどうやって訳しますか」みたいなハッシュタグが流行っていたので、潜在意識の中にはあったんじゃないかと思います
さくらこ:でもね、この「距離を置く作戦」よくやりますよね、女の子的に。あんまり相手に効かなかったりしますけど…… これ注意した方がいいと思うんですけど、自分は「こんだけ距離置いた」と思ってても向こうはなんにも思ってなかった、1mmも距離があったなんて感じてない……
こはぎ:なんのアドバイスなんですか!
観客:(笑)

空回りする主体がかわいらしい一首.「表紙フォト短歌」とはこれ↓のことだ.

うたらばでは毎回30首前後の歌がフリーペーパーやブログパーツに採用されるが,なかでも毎回1首このように写真付きで紹介される.田中ましろさんのきれいな写真と共に紹介されるので目立つしうれしい.あっ私も前に採用されたからついでに貼っとこ.

外は雪 きみを素足で待つことを少し叱ってくれたっていい

さくらこ:この歌は『これはただの』の解説でも書いたんですけど、一番好きな歌です。これもツッコミ入れたくなる系なんですけど、「靴下履けよ」ってね。雪降ってんのになんで裸足なん? 心配させようっていう小悪魔なん?
こはぎ:それはね、さくらこさんが寒いとこ住んでるからですよ。今どきのマンションは結構断熱が効いててあったかい……
さくらこ:あっ、そうなん? そういうこと?
こはぎ:そんな極寒地域のことじゃない……
観客:(笑)
さくらこ:靴下履かなくてもいけるってことですか?
こはぎ:まあ靴下履かなくてもいけるかなっていう…… 彼が来た時に、外めっちゃ寒いから……
さくらこ:じゃあアーバンライフやこれは
こはぎ:アーバンライフ
さくらこ:都会の生活や。もうね、すみません。私がこんなことしたらね、一気にしもやけできるんで……
観客:(笑)
さくらこ:家の中氷点下なるんで
こはぎ:それはやばいですね。そんなとこじゃないです
さくらこ:この歌いちばん好きやったのに……
こはぎ:ごめんなさい、アーバンライフで
さくらこ:順位下がってしまったわ……
こはぎ:氷点下です。うそです氷点下です
さくらこ:短歌ね、書いた本人が説明することを「自解」っていうんですけど、それやったらあかんってすっごい怒られて。こういうことですね

まさかのラストで推し歌の順位が落ちるというハプニングである.やってくれるぜ…… と会場は思ったにちがいない(思った).

自解はこのように恐ろしいことがたまに起きるのである時から私はぜったいに自分の作ったもの(短歌や曲)に対して必要以上の補足をしないことにしている.自解はこわいですよほんとうに.

10首選のはずだったのだが時間の都合上取り上げられたのは8首だった.残りの2首も引いておく.

罫線も方眼もないあなたとのこれからを自由帳なんて呼ぶ

この町でただひとつきりこのドアはわたしの鍵で開けていいドア

ところで,前編で後に回された「質問」がひとつ残っていた.最後にトークショーはこれに触れて終わる.

7. 第一歌集が出ました。これからはどうなりたいか。短歌でやりたいことは?

こはぎ:第一歌集と言われるんですけど、私は第一歌集というつもりはなくて、出版というかたちではこれで最初が最後だと思っています。また『これはただの』みたいなのは作りたくなるかもしれないんですけど。だから第一歌集を作ったからこれからどうなりたいか、みたいなのは全然考えてなくて、これまで通りみんなで楽しく歌を詠んでいきたい
さくらこ:また日常に戻って……
こはぎ:そうですね、日常に戻って…… 日常?
観客:(笑)
こはぎ:今も日常なんですけど、とにかく本は作りたいです
さくらこ:本を作りたい。(誌面を)組みたい?
こはぎ:組みたい!
さくらこ:はい。止めません
こはぎ:うたつかい、および合同短歌集なんかは作って活動楽しんでいけたらなと思っています
さくらこ:ということで私たちはまたこはぎさんの活動に乗っかって楽しむ、という感じですね
こはぎ:よろしくお願いします、参加してください
さくらこ:ということで、『ちるとしふと』をご紹介しつつ、こはぎさんの秘密に迫ってみました。長いことみなさん、ありがとうございました

トークショーが終わり,サイン会.列に並ぶファンはすごく嬉しそうで,トークショーでこはぎさんのことがさらに大好きになったんだなと分かった.もちろん,私も!

午前4時に撮影したので微妙にぶれている.

花束は『ちるとしふと』の表紙をイメージしたもの.母の日とかぶっていたのでナチュラルにカーネーションを加えられてしまった.

おまけ・さくらこカフェ

トークショーの後には,こはぎさんとさくらこさんと交流のある歌人で集ってさくらこさんのおうちへ.料理やお菓子作りが得意なさくらこさんのおいしいケーキをごちそうになった.

さくらこ邸ではこうやって上に飾り付けの葉っぱ(今回はミント)が乗っていると「おしゃれ草(おしゃれぐさ)」と呼ぶ文化がある.新鋭短歌シリーズ『羽虫群』著者の虫武一俊さん命名.

さくらこさんのウィークエンドシトロンはほんとうにおいしくて素晴らしい.あとで端切れをこっそりいただいた.

「滋賀まで来てくれてありがとうね,ありがとうね」と言いながらひこにゃんまんじゅうを配る玲瓏のゆきさん.

さらにおまけ・飲み会

楽しくて時間が飛ぶように過ぎて,あっという間に終電.鳥歌会で何度も来て,ずいぶん草津も近くなったものだなあ.

最後のおまけ・短歌を楽しむということ

とても個人的な話で恐縮なので,ここからは私のことを直接知っている方だけ読んでくれればいい.

私はここのところ短歌に大してとても消極的だった.

ある時,とにかくたくさん詠む,そしてとにかくたくさん読むことばかりに気を取られ,「あれ? 私なんのためにこんなことやってるんだろう」と考え始めてドツボにはまった.質を上げようとしたら次は「何を基準にしていい短歌って言えるんだろう」と嫌になった.歌壇にも学生短歌にも嫌気がさして,しんたん(神戸大学短歌会)の会長でありながら仕事を放棄して,参加すると言った歌会もいくつかドタキャンして,「このままフェードアウトするのかな」とも思った.

そんなときやっぱり,「短歌で出会ったひとたち,短歌という場を捨てたくない」という気持ちだけは変わらなかった.

短歌をはじめて3ヶ月の歌会で本物の千原こはぎさんに出会った.優しくて綺麗なお姉さんで,素敵な恋歌をたくさん読んで,すごく楽しそうに短歌をしているのが印象的で,こはぎさんの歌もこはぎさん本人のことも大好きになった.

短歌を作り始めたのは穂村弘さんがきっかけだが,いろんな歌人を読み始めたきっかけのひとりがさくらこさんだった.葉ね文庫でたまたま見つけた『やさしいぴあの』に心を動かされて,約半年後にイメージとはぜんぜんちがう人懐っこくて元気な感じで本物が現れた.どこの馬の骨とも分からない私を可愛がってくれて,やっぱりさくらこさんのことも大好きになった.

へなちょこの詠草を出して評も何もわからない,歌会もほとんど行ったことがないのにたった1人でのこのこ現れて参加して,票も0だったはじめての空き家歌会.牛さんもじゃこさんもそれからずっと見守ってくれていて,飲み会の度に話を聞いてくれて,私の第2の両親のような存在だ.

なべとびすこさんがYUTRICKをしてくれて同世代のお兄さんお姉さんのような歌人にもたくさん出会った.そういえばその縁で短歌チョップにも出させてもらった.深川青さんが就職で東京に行った時は寂しくて泣いた.

数え上げればキリがないぐらい,関西圏のたくさんのおとなに支えられて,私は短歌も,歌会も,歌会のあとの飲み会も,短歌をするひとたちのことも大好きになった.短歌が好きだった私は,質とか,意義とか,そんなことはどうでもよく短歌を楽しんでいたのだと気づいた.それを短歌をやめることで無かったことにはしたくない.

イベントや歌会に行くといつも,みんなが口を揃えて遠くからありがとう,大変だったね,と声をかけてくれる.歌集を買うと,しょーこお金ないのに買ってくれて嬉しい,と言ってくれる.懇親会や飲み会では学生だから気遣ってカンパしてくれて,一緒に楽しめるようにしてくれて,こんなちっぽけな九条しょーこというその辺の学生を大切に扱ってくれるひとたちに,また会うことができて,本当に嬉しかった.

おとなから見たら大したことない悩みも聞いてくれて,親身になってくれて,素敵な経験をたくさんさせてくれる.なにより,みんな短歌を楽しんでいる.私にとって関西圏の歌人の集まりは,こんなにも安心させてくれる,私の帰るところだ.

だから私は今日からまた短歌をやります.作るのはそこそこになるかもしれないけど,学生短歌も歌壇も気にせず,私のことばの範囲で書ける評を書いて,私のペースで読める歌集を読んで,ときどきみんなに会って,そうやって,自分が苦しくならないように,ずっと短歌が楽しいって胸張って言えるように,私なりに短歌をやっていきます.

短歌をはじめたときは19歳で,休学してふらふらいろんな歌会に出没して,懇親会でお酒も飲めなくて,評もできなくて,短歌もしょぼかった私です.みなさんここの所「しょーこほんまに成長したな!」とか,「こんなしっかりした評書けるようになって」と褒めてくれるけど,皆さんから吸い取ったんです.皆さんの評を聞いてどこに注目するか学んで,短歌を詠んで面白がって,飲み会でいろんなこと教わって,あとは働き方もいろいろだなと皆さんから学びました.今年で22歳になります.本当だったら就職なのに,休学,留年,院進の決意と,思い描いてた22歳とぜんぜんちがうけれど,思い描いてた22歳よりずっと素敵な自分です.

皆さんにはほんとうに感謝してもしきれません.
いつもありがとうございます.
これからも,ついていきます!

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