千原こはぎ『ちるとしふと』刊行記念トークショー@ジュンク堂滋賀草津店 レポ 中編

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このイベントを最初ひとつの記事で書ききろうと思っていた私がバカだった.前編以外の残りを全部この記事に突っ込むつもりが予定外に収まらなかった.結構これでも割愛しているつもりなのだが,面白くて内容が濃くて,あとできるだけ引用,リンクもしていたらこんなことに.

あの日は雨で来たくても来られなかったかたがTLにたくさんいたので,少しでも会場の雰囲気をおすそ分けできたらと思う.

前編は「さくらこからこはぎへ7つの質問」と題して,こはぎさんの短歌の秘密に迫った.前編はこちらから.
中編は,ふたりが大好きな「恋歌」について存分に語られた.

(追記)後編はこちらから.お待たせしました.

「ちょっと時間オーバーしたので,7番目の質問は〆にさせてもらいますね.私たち,恋愛の短歌が歌集のほぼ8割占めているので,“恋の歌を語る”がこのトークショーのテーマであるんです.私とこはぎさんが好きな恋の歌を何首かレジュメに上げさせてもらいました」

さくらこさんのことばで,観客の視線が手元のレジュメに落ちる.そこにはみずみずしい恋歌が並んでいて,まだ何も語られていないのにちょっとドキドキする.

●こはぎとさくらこが好きな恋の歌

【嶋田さくらこ選】
明日もまた同じ数だけパンを買おう僕は老いずに君を愛そう(千種創一『砂丘律』)

さくらこ:よくないですかこれ! どう思いますか?
こはぎ:「同じ数だけパンを買おう」っていうところがいいですよね。ふたりで食べるために、毎回同じ数を、老いるまで変わらず買い続ける
さくらこ:「老いずに」って、不老不死は無理じゃないですか、老いたら愛さないんですかね?
こはぎ:この「老いずに」は気持ちのことじゃないんですか? 心が老いることなく、愛する気持ちは変わらず……
さくらこ:あっそういうこと!?
こはぎ:ちがうんかなあ?
さくらこ:そうかも
こはぎ:ちがうの?
さくらこ:そうやな! なるほど!
こはぎ:自分が挙げてる歌を……
観客:(笑)
さくらこ:「君を愛そう」は真剣に言ってほしいのに、(同時に)「老いずに」って不可能なことを言ってて冗談みたいに聞こえる、でもやっぱり一周廻ってどっちも(老いないことも愛することも)真剣みたいな。そういうのが好きやったんですけど、そうかもしれません。なるほどね。今わたしは自分の世界が広がりました

同じ歌でも,鑑賞すると個人で違う読みが出てくることがある.この歌ではさくらこさんは「老いずに」を「不老不死」の意味で捉え,不可能なことを言う主体の真っ直ぐな愛情を気に入っていたが,こはぎさんは「心は老いずに」と補足しながら比喩として読んだ.このように短歌では受け手によって解釈が違う面白さがある.歌会が楽しいと思うひとは多いが,それも自分や他人の歌が批評されるたびに違う色に輝いて見えるからなのだろう.

【千原こはぎ選】
君のこともう考えちゃいけないと一日ずっと考えていた(田中ましろ『かたすみさがし』)

イントロを聞けば誰もが口ずさむような恋でもわたしのものだ(ちょこま/うたらばブログパーツ「音」)

こはぎ:『かたすみさがし』の中で、これはかなりストレートな歌だと思うんです。もっと他の歌では比喩とかされているんですけど、この歌が好きで。「もう考えちゃいけない」なんて誰でも恋愛において言えることだと思うんです。「考えちゃいけない考えちゃいけない」と思いながら結局一日中考えている。これをそのままストレートに歌にするのがいいと思う。逆になかなか難しいんじゃないのかなと思います。変に飾ってしまわずにリフレインする。誰もが心の中にあることを言う。
2首目は、J-POPとか流行りの恋の歌が流れてきて、(その歌詞は)「あるある!」の歌なんだけど、(そんなあるあるなラブソングに似た恋でも)私にとってはただひとつのものだ、ありふれているけど自分自身のものだ、というのが、本当に恋をしたときに詠む短歌としてすばらしい。本当に恋をしたらそんなことしか言えない、心があふれてくるところが好きだなと思って
さくらこ:(「ありふれている」の表現として)「イントロを聞けば」ってところがうまい!

短歌や詩,ことばの表現をしようとすると,回りくどかったり,かっこつけてしまうものだ(恋心を描くものは特に).告白の台詞も結局「好きです,付き合ってください」が一番いいとされる(要出典)ように,飾らないストレートなことばがかえって恋心を語るには十分だったりする.

【千原こはぎ選】
思いきってあなたの夢に出たけれどそこでもななめ向かいにすわる(虫武一俊『羽虫群』)

こはぎ:「だめ……」「だめ……!」って思って
観客:(笑)
さくらこ:だめですよね!
こはぎ:すごいだめですよね、現実世界でななめに座るのはわかるじゃないですか。顔を合わせないように。ななめから顔を盗み見る的な感じですよね。ヘタレですよね。でも「思いきって夢に出た」んですよ。まずそこで、「おかしいやろ」と。思いきるなら電話かけるなり近くにいく算段をすればいいのに、思いきって「夢に出た」んですよ。そこでまず「フッ」てなるじゃないですか
さくらこ:なりますね
こはぎ:それやのに、なにすんねんって言ったら、「ななめ向かいにすわる」んですよ、夢に出て。このヘタレ感が大好きで……
さくらこ:あっすきなんですね。私はちょっと「残念やな……」ってなっただけなんですけど
観客:(笑)
さくらこ:大好きなんですね
こはぎ:大好きなんです。突っかかる感じするじゃないですか、いちいち突っ込みたくなるじゃないですか。思いきって……夢かい!! って。それでななめ向かいかいっ!!! ってなるし…… 話しかけもせんのかい! って

観客席にいた虫武さんが終始そわそわしていて面白かった(小並感).『羽虫群』は新鋭短歌シリーズの第26弾で,ななめ向かいの歌は人気の高い一首だ.私のおすすめはこちらの歌.

こんなに近くにいて,手まで繋いで,それでも満たされない気持ち.大切な人がそばにいる喜びと,切なさがあふれる.そういえばtwitterで歌を検索していたら #虫武一俊祭り というタグがあった.そういえばそんな祭りしましたねえ.

わらってすみません.

【嶋田さくらこ選】
もうおれはこのひざを手に入れたから猫よあそこの日だまりはやる(虫武一俊『羽虫群』)

さくらこ:こういう短歌読むと、一般読者の人は「いいな」って思うだけかもしれないですけど、私は歌人の端くれとして「やられた!」って気持ちになるんですよ。自分が幸せになってから寛容になって、猫に優しくなる。ものすごく人間的じゃないですか。それまでは、猫と日だまりを分け合うか、猫を追い払ってたわけですよ。だけどもう、幸せになったんで、ということ。こういうのを私も詠んでみたいくやしさで選びました。猫つづきで、

【嶋田さくらこ選】
吾輩は猫ではないし名もあるが猫ならきみに飼われたかった(辻聡之/うたらばブログパーツ「猫」)

さくらこ:これもね、「やられた!」。こういうのちょっと作ってみたいなって思うんですよね。みんなが知っている事柄(吾輩は猫である)を持ってきてから、恋の雰囲気を混ぜてくる感じ。虫武さんと辻さんの短歌はジェラシーがありますね。くすぶってくる二首。ついでに、

【嶋田さくらこ選】
会いたさは踏み出すちから ぼくの中の白熊がまた流氷に乗る(西村湯呑/うたらばブログパーツ「海」)

さくらこ:もう完全に振り切ってて、ジェラシーどころじゃないですよ。「白熊ですか……!」ってね。想像してみてくださいよ、白熊が流氷にまたがっていて、それが流れていくシーンを。それがね、あなたへ会いたい一歩を踏み出すちからがそれだと。いやもうね、白熊が流氷に乗るんですよ! そんな発想ないですよ!
こはぎ:西村さんの中に白熊を飼ってるっていうことですよ
さくらこ:ねえ…… 「ぼくのなかの白熊」でしょ!!
こはぎ:白熊飼ってんねや……!
観客:(笑)

動物と短歌はなんとなく相性がいいと思うのは気のせいだろうか.食器と食パンとペンの安福望さんも,よく動物をモチーフに短歌の絵を描いている.2017年2月に行われたイベント「大阪短歌チョップ2」でのドローイングショーでは,下書きもなくさらさらと絵を描かれ,短歌から自然に浮かんでくる,想起されるイメージがあるのだとおっしゃっていた.

白熊つながりで私の好きな短歌はこちら.神戸大学短歌会OGの溺愛さんの歌だ.初句(「57577」のはじめの「5」)が「しろくまカレーライス園」という,声に出すと気持ちいい破調だ.

なお,「うたらば」とは田中ましろさんが私財を投げ打って作っている短歌×写真のフリーペーパーである.公式サイトはこちらから.

【嶋田さくらこ選】
ジャスミンと呼ぶことにする まずきみのフルネームから忘れるために(ムラサキセロリ「うたらば vol.05」【想い人】)

さくらこ:好きだった人、ジャスミンって呼んじゃったら、ジャスミンが心の中に住むじゃないですか。「忘れなあかんのに住まわせてどうするねん」っていう、私もツッコミですね。そして「まず」フルネームから忘れる。ひとつずつしかできないんです
こはぎ:不器用な感じですね
さくらこ:これが和風の名前じゃなくて「ジャスミン」っていうのがまたいいですよね
こはぎ:ちょっとずつ忘れるんですね
さくらこ:本当は日本人の女の子やったのに、「ジャスミン」って呼んでいるうちに(頭の中で)金髪の女の子になるかもしれない
観客:(笑)

恋歌は幸せなものばかりではない.離別,失恋の短歌も古来和歌の時代からずっと詠まれてきたテーマだ.

上の句で「何を」ジャスミンと呼ぶのかは伏せて,下の句で「これから忘れる予定のきみ」のことだとわかる.その瞬間,上の句で想像していた「ジャスミン」のさわやかな色,香りが途端に切なくひんやりしたものに変わる.上の句と下の句でのテンションの差が,ひとりになってしまった主体(歌の中の主人公)の姿をぽっかりと描く.

【千原こはぎ選】
そんな軽いかばんひとつで会いに来てわたしを入れますか入れませんか(田丸まひる『硝子のボレット』)

こはぎ:この歌集は性愛歌の多い歌集で、好きなのたくさんあったんですけど、恋歌との違いがむずかしい。境界がむずかしいので…… 恋歌と性愛歌はちがうんです
さくらこ:ちがうの?
こはぎ:なんかね、違うんです、まひるさん
さくらこ:読み直してみるわ
こはぎ:そうしてそうして!
観客:(笑)
こはぎ:性愛の歌なのに、すごく冷めて客観的に見てる歌が多い。それって恋歌……? って。性愛の喜びや不思議さは詠んでるのですが、その人を好きでたまらないみたいな気持ちでの歌は少なくて、意外とこういう歌の方が恋の気持ちはあふれてるなって気づいて。この歌は、リアルにかばんに自分を入れるという殺人事件みたいな話ではなくて、自分を受け入れるか受け入れないか、と恋人を咎めるような歌。自分は入りたいと思っているけれど、それも言えないし、「どうするつもり?」と問いかける。気持ちがあふれていると思いました

意外にもここで性愛歌(セックスのことなどを詠んだ歌)について触れられた.私,九条は他人への性嫌悪が激しく,性愛歌を共感というかたちで気に入る,もしくは読めることはないので(そもそもあまり好きではない),性愛の不思議さが客観的に描かれている歌と,好きという気持ちでの性愛歌の違いという視点には気が付かなかった.これからそういう目線でも鑑賞してみたいと思う.

いや本当に長すぎる.濃すぎる.録音したトークショー音声の再生シークバーがまだ3分の2でたまげた.前後編にするつもりだったけど三部作になります.読んでくださったかたが,少しでも会場の雰囲気を楽しめたらと思います.

(追記)後編はこちら

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